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(法事の後。片づけを終えた仏間の格子窓から光が漏れていました。幻想的です)
ブッダは、目が見える(五感が冴えている)ことは迷いの種であると説きます。
これについては日常、お参り先で難聴や白内障などの「聞く」「見る」の機能が低下していく不自由さ・しんどさを皆さまから聞かせていただいているので、やはり目と耳は大切にしたいと思うのですが、ブッダの視点はもう一つ別のところにあるのです。
つまり、私たちは、「ありのまま」に「聞く」「見る」ことが出来ず、自分の勝手な解釈(認知バイアス)をかけてしまいます。そしてそのことで「善悪」「正邪」「好き嫌い」を振り分けていくのです。
「聞くんじゃなかった」「見るんじゃなかった」というのはよくあることです。
聞こえること、見えることを手放しで礼賛するのは危ない、と教えてくださいます。
ほどよい「闇」は、沈思黙考を促してくれます。