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前住職通夜での喪主挨拶(全文)

2023年10月01日 19時25分 葬式を考える 日誌 読む

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私も喪主として、通夜に挨拶をいたしました。
以下全文です。
 

前住職児玉雄嗣の通夜にあたり、お勤めをいただいた御導師金蔵坊様はじめ、鴨川組ご法中の皆さま、寺族婦人会の皆さま、ご門徒さま地域の皆さま、ご会葬の皆さまに心より感謝申し上げます。

前住職は昭和48年にこの福泉寺に入寺しました。今年でちょうど50年です。福泉寺の26代住職としてつとめ上げることが出来ましたことは、ここにご参拝のお寺さまがた、ご友人、そしてひとえにご門徒や地域の皆さまのお陰様であります。前住に代わりまして、厚く御礼申し上げます。

①前住が入寺した折から、毎日のようにご門徒さんが遊びに来ていたこと、報恩講や念仏奉仕団のときには、今では考えられないほどに、にぎにぎしく、盛大にお勤めになったことを生前嬉しそうに話をしていました。また念仏奉仕団や時々の旅行など、本当に楽しかったようでした。前住は幸せ者だと思います。

②つぎに 多くのお寺さまや同級生、ご友人が、県内外から悔やみに 来てくれました。みなさまいろいろな話をしてくれました。そのほとんどは「とにかく楽しかった」思い出です。前住の枕を囲んで ここでは言えない話も交え 大笑いしました。こんなに素晴らしい方々に出会えて、前住は間違いなく幸せ者です。

③昔は親戚会が盛んで、その絆の深さは想像をはるかに超えたものです。「ゆうちゃん」「おじちゃん」「ゆうじ兄さん」と言って、慕ってくれる兄弟 いとこ  甥御さん、姪御さんなど、多くの親族に囲まれて、前住は幸せ者だと思います。

④愛妻家でもありました。外出先でも、どんな場面でも、「チエコ―」と呼びます。天満屋の子供服売り場で「チエコー」と遠くから聞こえてきたときは、少し恥ずかしかったです。あるお寺さんから
「ご院さんが言ってました。『わしは幸せ者じゃ。毎日女房の名前を呼んでいる。清浄歓喜智慧光―(チーエーコー)、な』と」と聞きました。ふつう、呼ばれた方が幸せというなら わかりますが、前住は呼ぶ幸せを感じていたようです。


⑤今から十三年前 私たち夫婦が結婚・入寺・長女の誕生を迎えて、いっぺんに「おとうさん」「じいちゃん」となりました。特に、孫の誕生は無上の喜びだったに違いありません。一方、私たち夫婦はといえば、すぐには「おとうさん」と素直に呼べずにいたこともありました。それでもここにいる母と共に辛抱強く待ってくれました。いわゆる親子喧嘩をすれば「二度と呼んでやるか」と思いあがった私です。最後まで息子らしいことを ほどんどしてしてこなかった私を迎え、父は本当に幸せだっだろうかと自問しています。 

⑥そんな私、私たち親子ですが、お念仏のみ教えがあったから、そして、そのみ教えを一緒に聞いてくださる皆さまがおられたたから、今日までやってこられたのだと思います。私たちの悲喜こもごもを 丸ごと包んでくださった阿弥陀さんがいてくださって、父も私も本当に幸せ者です。

最後に、福泉寺役員の皆さまがたには、連日にわたってのご献身をいただき、厚く感謝申し上げます。
本日はありがとうございました。